宇宙開発の話とBREITLINGとOMEGA
こんにちは。
スリークの飯田です。
本日は宇宙大好きな私の独断と偏見で
OMEGAスピードマスターとBREITLINGナビタイマーについて語っていきたいと思います!!
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オメガ、ブライトリング、この2つのブランドを代表するクロノグラフは両方とも1950年代に誕生します。
ナビタイマーは現在も生産されているクロノグラフで途切れることなく一番永く作り続けられているクロノグラフです。
ナビタイマーと言ったらパイロットの時計!!と思う方も多いと思います。
一方、スピードマスターは月に行った時計としても有名で、今もなおNASAが制式採用している時計!!と思う方も多いでしょう。
米ソ冷戦時代の宇宙開発
そんなわけでして、本日はNASAの宇宙史からこの2本を語っていきたいと思います。
第二次世界大戦後に始まった『米ソ冷戦時代』、アメリカとソ連は宇宙開発を競っていました。
大きな目的としては軍事利用がありました。
そのような状況の中、リードをしていたのがソ連でした。
ソ連は1961年4月12日、ユーリ・ガガーリンがボストーク3KA-2で世界初の有人宇宙飛行に成功した。
地球周回軌道に入り、大気圏外を1時間50分弱で1週した。
ちなみにガガーリンといったら『地球は青かった』のセリフで有名ですよね。
ただ、これ新聞に掲載されたルポの言葉で、直接的な日本語訳だと「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」となるそうです。
あと、余談ですが海外の方では『神はいなかった』というセリフの方が有名です。周回飛行中に言ったとされていますが、真偽は定かではないとのこと。
さて、ソ連に先をこされたアメリカは焦ります。
当時の大統領ケネディは首脳陣を集めます。
ソ連に先を超された失点をいかに挽回するかをもみました。
そして、宇宙委員会の議長であるジョンソン副大統領に5項目からなる質問が出しました。
1.宇宙に研究室を作るか、月をぐるりと回ってくるか、ロケットを月に着陸させるか、あるいは人間がロケットで月まで行き、帰ってくるか。
このうちのどの計画ならアメリカがソ連に勝つチャンスがあるか?
2.そのためにいくら費用がかかるか?
3.24時間体制で現行の宇宙計画を進めているか。もしそうでない場合は、なぜそうしないのか?計画推進をスピードアップさせるにはどうしたら良いか?
4.巨大ブースター棟を建造するにあたり、燃料は原子力を使うのか、固体燃料もしくは液体燃料、あるいはこれら3種類を合わせたものにすべきなのか?
5.現在われわれは最大限の努力を尽くしているのか?現在われわれは求める結果に近づきつつあるのか?
これからも見てとれるようにアメリカの悔しさと焦りが伺えます。
そして、ソ連から遅れること1ヶ月後の5月5日にアメリカ初の有人宇宙飛行が成功します。
と、言ってもこれは弾道飛行(大気圏を出て戻ってくるだけ)で飛行時間もわずかに15分22秒。
衛星軌道を周回したソ連よりも技術的に全然遅れをとっていることは誰の目にも明白でした。
そして、先ほどの大統領からの質問に対する答えが宇宙委員会から出されます。
この提言を受けてケネディ大統領は5月25日に有名な一般教科書演説を行います。
『わが国は有人飛行では遅れをとっています。
しかし、この60年代に追いつき、追い越してみせます!
どんな困難であろうと、わが国はこの10年が終わらないうちに、月に人を送り、無事に帰還させます!』
これにより、アメリカ国民は大いに沸きました。
この月まで行く計画がアポロ計画であり、実に50万人もの専門家がこの計画に携わったとされています。
1つの目標(仕事)の為に50万人が関わるって凄いですよね。
しかも、月に行く人の人数なんかはたかだか知れているのにです。。。
月に行く為の計画
さて、月に行くという目標は決まりました。
しかし、いきなりは無理なので、段階を踏んでいかないといけません。
■マーキュリー計画・・・有人で地球の周回飛行をする=ソ連に追いつく
■ジェミニ計画・・・宇宙船の外に出て活動する、宇宙船同士のドッキングをする
■アポロ計画・・・月まで行き、月に降り立ち調査活動を行う
このような計画が出されました。
マーキュリー計画自体は1958年から始まっていました。
ちなみに宇宙船なんて表現をしますが、ほとんどの方がイメージしているようなものとは違うと思います。
当時は宇宙開発の途上まっただ中。
こんな宇宙船。
もはや船というよりカプセルです。
こんな作りですからね、、、
大きなロケットをどんどん切り離していって 宇宙に行く頃にはこれだけになっているという。
なんとも凄い。
このロケットの先っぽが宇宙にいくのです。
そんな宇宙へ行くことが冒険活劇のような時代の話なのです。
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マーキュリー計画
さて、マーキュリー計画ですが
この計画にあたって、最初に選ばれた7人の宇宙飛行士がいます。
この7名をオリジナル・セブンと呼んだりもします。
この7名、どのように選抜されたのか?
当初NASAは空中ブランコの曲芸師を採用することを検討していたくらい、柔軟かつ体力のある人物を求めていました。
条件は大学を卒業したパイロットであり、宇宙船(カプセル)の大きさによる制約から身長180㎝以下、体重82kg以下が基準となりました。
69名の候補者の中から色々な試験を行い、残った7名は空軍出身3名、海軍出身3名、海兵隊出身1名という内容になった。
ジョン・グレン
アメリカが初の地球周回飛行を成功させたのが1962年2月20日
パイロットはジョン・グレン。
地球を3周、4時間55分の飛行でした。
ソ連のガガーリンが初飛行して、約1年遅れでの達成でした。
ちなみに、グレンは↑の写真のようにホイヤーの懐中ストップウオッチをテキスタイル素材に包み込み腕に巻いて宇宙に行きました。
この時の宇宙飛行士が身に着ける時計やストップウオッチは
NASAからの装備品ではなく、自分達で選んで着用していました。
スコット・カーペンター
グレンに続き、アメリカ人2人目の周回飛行に成功した宇宙飛行士となったのが
スコット・カーペンターでした。
1962年5月24日 グレンと同じ用に地球を3周、4時間56分の飛行でした。
そして、スコット・カーペンターが身に着けたのがブライトリングのナビタイマー・コスモノートでした。
先述したように、当時の宇宙飛行士が選ぶ時計は自らの選択。
訓練中に計算機能の付いたナビタイマーを見た彼は、完璧な時計だ!これで24時間表示なら間違いない!と思ったそうです。
そして、スコット・カーペンターは『24時間表示のナビタイマーを作ってくれ』と直接ブライトリングに依頼したのです。
よく定説としては『昼夜の区別かつかない宇宙で使用するから』と言われています。
ただ、個人的にはその解釈は少し違うのではないかなぁ・・・と思っています。
まず、日本人には馴染みが少ないですが
13時とか14時とか24時間で時間を表記するのはアメリカなどでは軍隊くらいです。
基本、AM、PMを使い分けるので24時間表記で時間を言ったりすると『あなたは軍人?』と聞かれるのがアメリカ。
だから24時間表記は『ミリタリータイム』と呼ばれます。
で、当時NASAの宇宙飛行士たちは軍などから選抜されており、
その訓練における時間の表記などはミリタリータイムだったんじゃないかな?と勝手に思ってます。(調べてませんが、、、)
だから24時間表記の時計が良いと判断したと思います。
司令室とのやり取りにも手元にある時計は24時間表記が良いと判断したのだと。
だって、実際にスコット・カーペンターが宇宙飛行したのは5時間弱ですからね、
『昼夜の区別のつかない宇宙においての使用を考えて』というよりは
ミリタリータイムを見る時計としての役割が大きかったかな?と。
あと、他に考えられる理由としては
1人がやっと乗り込めるような狭いカプセルのような当時の宇宙船。
間違いなく生死をかけた極限の精神状態において腕時計は最も信頼のおきたいバックアップ計器だったはず。
そんな時計だからこそ、閉ざされた空間の中で24時間で時間を表示してほしいと思ったのではないか?と思います。
何となくその感覚わかりますか?
さらに!もしかしたら、地球に帰還した際(基本は海に着水してあとでNASAに回収されるのですが)に
回収隊がなかなか来ないで漂流してしまったら24時間表示の時計が頼りになる!と思ったのかもしれません。
ま、実際は着水した際に当時のコスモノートは非防水なので水が入ってしまいましたが、、、、
↑着水して回収されるところのスコット・カーペンター
と、そんなふうに24時間という時間や宇宙などに想いを馳せるとより魅力を感じるコスモノートです。
ちなみに宇宙飛行士でもアストロノートとコスモノートという表現があります。
ロシアで訓練した宇宙飛行士をコスモノート、
アメリカで訓練した宇宙飛行士をアストロノート
と言います。
スコット・カーペンターはもちろんアストロノートだったのですが、手元に届いた時計にはコスモノートと。。。。
実はヨーロッパ英語だと宇宙飛行士をコスモノートと言うそうです。
そこで、スコット・カーペンターの人柄が垣間見れます。
彼はロシアの宇宙飛行士のこともリスペクトしており、
国同士は争っていても自分はロシアとの友好の証としてこの時計をコスモノートというモデル名のまま身に着けようと思ったそうです。
↑これは2012年にコスモノート誕生50周年を記念して開かれたパーティーの時のインタビューです。
スコット・カーペンターの当時の想いが伝わってきて何度見ても私は感動します。
そして、この50周年を待っていたかのように翌年の2013年に彼はお亡くなりになられています。
ウォルター・シラー
スコット・カーペンターに次いで3人目のアメリカ人で周回飛行したのが
このウォルター・シラーでした。
1962年10月3日、地球を6周、9時間13分の飛行でした。
アメリカの宇宙開発も躍進してきたように感じますが
この頃、ソ連は4日間の宇宙滞在記録を更新していました・・・・
そんな時代、ウォルター・シラーが自ら選んだ時計が
オメガのスピードマスターでした。
第2世代のモデルです(Ref:CK2998)。
針がアルファ針になっていたのが他の世代のスピードマスターと違う特徴的なところです。
ちなみに、
マーキュリー計画、ジェミニ計画、アポロ計画の全ての計画において
地球周回軌道以上の宇宙飛行を体験した飛行士はシラーただ一人なんです!!
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ジェミニ計画
マーキュリー計画が終わり次の段階へと進んでいったのがジェミニ計画です。
先述したようにジェミニ計画では大きな目的は
1.長期間の宇宙滞在(月に行って帰ってくるまでと同じ時間)
2.宇宙遊泳によって宇宙船外に出ての活動
3.ランデブーとドッキングをする為に必要な軌道操作の技術開発
でした。
宇宙船(カプセル)はマーキュリー計画の1人乗りから2人乗りへと変わりました。
2人乗りって言ってもこれですからね。
このジェミニ計画においては
宇宙船外へ出る為、飛行士が身に着ける時計も装備品としてNASAが公式に認めたものを着用することとなりました。
NASAが挙げた条件は
1.24時間の誤差が±5秒未満(±2秒未満が望ましい)
2.クロノグラフ(秒、30分、12時間の積算計付き)
3.ステンレススチールのサテンケース
4.文字盤は白、黒どちらでも可(読み取りやすいもの)
5.機械式(手巻き、自動巻き)、電気式は問わないが、機械式の場合はマニュアルで巻き上げができること
6.気圧差に強い
7.耐衝撃性、防水性があり、クリスタルは粉々にならないこと
8.信頼性があるもの
ということでした。
候補に挙がったメーカーが
■ロレックス
■オメガ
■ロンジン
■ハミルトン
■ブローバ―
■ミドー
■エルジン
■ベンラス
■ルシャン・ピカール
■グリュエン
の10社でした。
NASAは1964年、この10社に上記の要望を添えたオーダーをしました。
この中で、NASAの要望に応えたのが
ロレックス、オメガ、ロンジン、ハミルトンの4社でした。
しかし、ハミルトンはNASAの挙げた基準に満たない時計を提出してきた(懐中時計を出してきた)ので耐久テストには進めませんでした。
そして、ロレックス、オメガ、ロンジンの3社が出してきた時計に対して
NASAは11項目からなる耐久テストを実施しました。
検査装置内の温度を70℃に設定し、時計を48時間放置する。
その後測定装置内の温度を室温に戻し、正しく作動するかチェック。
さらに内部を93℃に上げ、30分放置し、再度チェック。
装置内の気圧はほぼ真空状態に保つ。
検査装置内に時計を入れてから内部の温度を‐18℃に設定し4時間放置する。
その後装置内の温度を室温に戻し、時計の作動チェックを行う。
装置内の気圧はほぼ真空状態に、相対湿度は-15%以下に保つ。
時計を装置内にセットし、内部を真空状態に設定。
内部の温度を70℃から-18℃に下げ、45分放置。
そして再び70℃に上げ、45分放置。
このセットを15回繰り返す。その後装置内を室温に戻し
時計の作動チェックを行う。
20℃~38℃の蒸気が吹き抜ける検査装置内に、蒸気を入れながら2時間かけて温度を70℃に上げ、6時間放置。
酸素100%、0.35気圧、気温70℃という環境に設定された室内に時計を放置。
その間に明らかな燃焼、有毒ガスや不快な臭いの発生、結合部分や潤滑油の劣化が見られたときは、その時計は不合格になる。
検査装置に時計を入れ、着陸時の衝撃を想定し、時計に40Gの負荷を1000分の11秒、繰り返し6回かけていく。
そしてこれを6姿勢ごと1回ずつ行い、その後、正しく作動するかをチェック。
時計を検査装置内に入れ、333秒間の間に重力が1Gから7.5Gになるまで加速していく。
これを3方向から1回ずつ行い、その後作動具合をチェック。
検査装置内を0.35気圧に設定し、温度を70℃に上げていき1.5時間放置する。
さらに装置内の温度を93℃に上げて30分放置する。
この後正しく作動するかチェックを行う。
検査装置内を1.6気圧に設定し、最低1時間以上放置する。
その後、まず高圧環境により時計に不具合や破損個所がでていないかを入念にチェックし、最後に正常に作動するかをチェックする。
時計を検査装置内に固定し5~2000HZまでの間で振動数を変更しながら30分間にわたり振動を与えていく。
検査装置内に時計を入れ、40~1000HZの振動数の幅で、130デシベルのノイズを当てていく。
そして終了後時計が正しく動くかチェックする。
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この過酷なテストで最後まで動いたのがオメガのスピードマスターでした。
テストの結果は以下の通り
オメガ・・・減圧テスト中に21分進み、加速度テスト中に15分の遅れを生じた。テスト中にダイヤルの蛍光塗料が役目を果たさなくなった
ロレックス・・・相対温度テスト中に2度に渡って時計が止まった。高温テスト中に秒針がたわんで、他の針まで時計のダイヤルに引っかかり止まった。それ以上はテストは実施せず。
ロンジン・・・高温テスト中に時計のガラスが歪んで外れた。減圧テスト中にも同じ不具合が生じる。ここでテスト実施は終了。
ちなみに、ロレックスのデイトナは正式名が『コスモグラフ デイトナ』となっていますが
この『コスモグラフ』という宇宙を連想させるネーミングからもNASAに採用してもらいたかったのでは?ということがよく言われています。
Ref:ST105.003
スピードマスター3rd
このテストの時に使用されたのがスピードマスター3rdモデルでした。
そして、NASAの要望でリューズガードを備えたモデルへと変わります。
Ref:ST105.012
スピードマスター4th
これがリューズガードが付いたモデル。
こうして、NASAに選ばれたスピードマスターが宇宙飛行士の腕に巻かれることになったのです。
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アポロ計画
ジェミニ計画の成功を受け、宇宙開発においてアメリカはソ連よりも優位になりました。
そして、ついにアポロ計画へと進んでいきます。
最初は月へいく為のサターンロケットの開発と実験。
1968年には人を載せて月周回飛行の成功までいきました。
そして!
そしてついに、1969年7月20日 PM10:56
(日本時間7月21日 AM11:56 世界協定時刻7月21日 AM2:56)
人類が月の大地に一歩を踏みしめたのです!!
アポロ11号が人類初の月面着陸に成功します!!
この時の宇宙飛行士は
ニール・アームストロング
マイケル・コリンズ
バズ・オルドリン
そして、有名なあのセリフが出ます
『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』
言ったのはこの方、アームストロング船長。
名言です。
ちなみに月面に着陸したのはアームストロングとオルドリンでした。
コリンズは司令船で待機でした。
一番最初に月に降り立ったのはアームストロング船長でしたが、彼は自分のスピードマスターを月着陸船に置いてきていました。
月着陸船の機内時計が故障していたからだそうです。
と、いうことで次に月に降り立ったオルドリンが着けていたスピードマスターが初めて月に降り立った時計となりました!
↑月着陸船内のオルドリン
こうして、人類の大偉業でもある月面着陸をした瞬間を刻んだ時計、オメガ スピードマスター
こう振り返るとホント凄い時計です。
しかも、現行モデルもこの当時と基本仕様はほとんど変わっていません!!
さらに、現行モデルが現在もなおNASAの公式時計として採用されています。
スピードマスターとNASAのことだと他にもアポロ13号のことなど逸話が沢山あってここでは書ききれません、、、
また別の機会に。。。。。
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宇宙とナビタイマー
と、NASAの宇宙開発の歴史から時計を見てきましたが
NASA関係になると結局スピードマスターのことが多くなってしまいました。
でも!
宇宙と言ったらこの人を忘れてはいけません。
漫画家の松本零士先生!
キャプテンハーロックや銀河鉄道999など宇宙を舞台とした漫画で有名です。
この松本先生がナビタイマーの愛好家なんです。
売れない時代に全財産をはたいて買った時計がナビタイマーで、
そのナビタイマーを眺めながらいつか自分は成功してやるんだ!と歯を喰いしばりながら頑張ったとか。
そんな人生の苦楽を共に過ごしてきたら、色々な時計を買ってきたけど、最後の最後に最初に買ったナビタイマーだけが残れば良いんだとおっしゃっています。
そして、松本作品によく出てくる↑のような宇宙船の中の計器類。
これらは自分のナビタイマーを参考にして描いていたそうです。
そんな松本先生のナビタイマー愛は
ナビタイマーを自分の作品にも登場させていたりします。
こんな感じで。
何か良いですよね。
ちなみに松本先生、帰って来れなくて良いから宇宙から地球を見てみたいとか。。。。
宇宙と関連する漫画ばかり描いて来たからこその想いなんでしょうね。
そんなわけで、ナビタイマーも宇宙時計と言える1本なんですよね。
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スピードマスターとナビタイマー
で、結局のところスピードマスターとナビタイマー
どっちが良いのか????
それはもはや人それぞれの好みでしかないですね。。。。
NASAが採用した時が三世代目のST105.003、その後リューズガードが付いたST105.012へと改良。
ムーブメントは1957年の初代からレマニアのCal.321が四世代目まで続き、
1968年の五世代目ST145.022でCal.321を改良したCal.861へ変更。
1997年からCal.861をロジウムメッキ仕様にしたCal.1861となっています。
昔からこれだけ変わらず続いている時計というのも他に私は知りません。
そこが魅力的なモデルだと思います。
一方で、コスモノートとして宇宙に行ったブライトリングのナビタイマーもまたスピードマスターとは違った側面での魅力があります。
もし、NASAがブライトリングにも他のメーカーと同じように公式時計を採用するにあたり見積りを出していたらどうなっていたのでしょうか?
ブライトリングは何かしらの時計を提出してきたのでしょうか?
そして、その時計は11項目の耐久テストでどんな結果となったのでしょうか?
こうやって昔から変わらずアイデンティテーを保ちながら進化をしてきているナビタイマーも魅力的なのです。
■ナビタイマー
AB0121211B1A1
(A022B-1NP )
43㎜
3気圧防水
980,000円+税
■スピードマスター
311.30.42.30.01.005
42mm
5気圧防水
530,000円+税
悩ましい二本なんです。
宇宙が好きな私ですが
1960年代、当時の宇宙飛行士たちになりきって考えると
実際に宇宙に行くということはとてつもない覚悟や恐怖みたいなのがあったのだろうな、、、、と思います。
密閉された狭い空間(宇宙船)の中で、頼れる人も数多くいなく(マーキュリー計画は1人、ジェミニ計画は2人、アポロ計画は3人)
何か1つの小さなミスがすぐに死に直結するような、
そんなミッション・・・・・
そのようなミッションにおいて腕時計というものは凄く精神的な支柱になる装備品の1つだったと思います。
そんな頼りになる時計。
宇宙を感じれる時計。
良いですよね。
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過去の私が書いたブライトリング関連ブログも是非ご覧ください。
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